スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |

2011.04.03(日)「ブログ・リニューアル!!」

4月3日。
今日は、私の誕生日!!
・・・ということで、ついでに(?)このブログもリニューアルしてみました。

お引越し先はこちら。

今度は、動画も観られます。
写真も載っけます。
引っ越し先もお気に入りに入れてもらえると嬉しいな。

| 水野麻里のデイリーコラム | 08:43 | - | - |

2011.04.02(土)「義エン金」

最近やたら目につく「義援金」って言う文字。
私は「義援金」という字しか知らなかったのだけど、「義捐金」って書いてあることもある。
特に、個人のエッセイなんかだと、こっちの「義捐金」って字をあててるひとが多い。
ちょっと調べてみたら・・・

義捐金と義援金

「義捐」(ぎえん)は明治時代につくられた和製漢語である。「義」は、正しい行い、もしくは公共のために力を尽くすことを意味し、「捐」は、すてる、すてさるの意である。すなわち「義捐金」は、正しい行いのため、公共のためにすてる金を意味する。戦後の国語改革で「捐」が当用漢字に採用されなかったため、「義えん金」と混ぜ書き表記する。一部で「義援金」という表記が見られるが、これは新聞協会による独自の基準で定めた代用表記である。夏目漱石の「吾輩は猫である」に、「義捐を取られる」と口にする苦沙弥先生を、猫が「変なことを言うものだ」と笑っている場面がある』 

・・・ということだった。
ようするに、当用漢字になかったっつーことで、使えないから、新聞協会でじゃあ「援」の字をあてましょうか?ってことになったんだね。
ちなみに「援」の字の意味は、広辞苑によると「ひっぱること」「たすけること」だって。
ほぼ反対の意味だけど、個人的には「援」の方がしっくりくる。
だって、「捐」って言う字、元々知らなかったし。
「損(そん)」かと最初見間違えて、「はぁ?」みたいな感じだったし。

ま、どうでもいい話ですが、ちょっとは勉強になったかと思います。

ところで、全然話は違うけど、また、足がつり始めた。
このブログを続けて読んでくれている人は、「ほんとに良く足がつる人だなぁ〜」って呆れてるかもしれないね。
なんか私には「足がつる時期」みたいのがあって、つり始めるとそれがしょっちゅうになる。
でも、パタってやんで、それから、しばらくなんでもない日が続く。
このパタっって止むきっかけがなんなのかものすごくしりたいんだけど、それがわからないから困る。
カリウム不足とかよく言われるから、「バナナ」って思うのだけど、やっぱなんど挑戦しても、バナナは続かない。
嫌いだし・・・
って、前半の話より、こっちの方がどう考えてもどうでもいい話でした・・・。

| 水野麻里のデイリーコラム | 08:19 | - | - |

2011.04.01(金)「マッサージ」

最近足が・・・特に太腿が張っている。
毎朝のウォーキングの距離も変わっていないのに、どうしてだか?
で、いつも行く日帰り温泉のマッサージに行ってきた。
先週も「特別たくさん歩いたとか?いつもしない運動とかしたんですか?」って聞かれた。
今週も、同じように太腿が張ってるって言ったら、また、同じこと聞かれた。
ここんとこ、ずっと謎だったこの太腿の、張りの原因がなんとなくわかったきた。

たぶん、ギターだ。
今、毎日少ないときでも1時間。
2時間くらい弾いて一人で遊んでいるのだけど、ギターっていうのは、弾くとき、どうしても足を組むか、少し膝の位置を高くして弾く。
私のデスクチェアは、足を乗せるためかどうかわからないけど、座面の下に丸くわっかみたいのがついてるんで、足を組まないときは、そこに両足を乗せている。
・・・だから?
かも・・・。

ギターを買って最初の頃は、指と腕が筋肉痛。
その後は、腰が痛くなった。
そして、今は、太腿が・・・。

まったく、とほほ・・・だ。
マッサージのお兄ちゃんにも笑われた。
| 水野麻里のデイリーコラム | 08:40 | - | - |

2011.03.31(金)「昔の拙著」

めったに、以前書いた自分の本を読み返すことはない。
特に小説は・・・。
それは、その年齢でしか書けなかったレベル(経験も含めて)であることが、自分でわかってこっぱずかしいからだ。
文章の拙さもだし、内容も・・・。

これがエッセイだと、基本的に事実がベースになっているし、その事実や経験に対しての自分の考え方を書いている。
それだって、その年齢ならではの「考え方」なんじゃない?と突っ込まれるかもしれないけど、「作家」となってから・・・エッセイを書くようになってからは、基本的な価値観というのはあまりぶれてない。 

私の初めてのエッセイはすごく売れた。
『セカンドヴァージン症候群』がベストセラーとなって、すぐに「エッセイを出しませんか?」と声をかけてきたのが青春出版社。
私が32か33歳くらいの時だ。
それは『抱かれることの予感』という。
先日、仕事でこれの内容の一部を資料にしようと思い、読み返してみた。
ちょうど20年前に書いた本だ。
そのころ私は、放送作家と作家の二足のわらじ・・・超多忙を極めていたけど、気持ちはどっぷり放送作家だった。
そんな頃のエッセイだから、ちょっと演出過多?読者を面白がらせようとし過ぎ?な感じでもあるけど、内容は全部本当のことで、登場人物の名前もほとんど実名。
もちろん本人に許可はとった。

で、何が言いたいかというと、その本を読み返してもて20年前も今でもやってることも考え方もそう変わってないなというのを確信したのだ。

自分ではそこそこ大人になったと思っていたのだけど、それは、「結婚」という環境がそう私に思わせていただけなのかも。
自分では仕事のできる主婦・・・で、落ち着いているつもりだったのだけど、どうもそうじゃいみたい。
たとえ今は出版してなくても、基本、主婦もできる作家・・・?
私はいくつになっても人生守りには入れないみたい。
特に、この、冬から春に移る頃、すごく気持ちがざわつく。
地面から芽が出ようとするみたいに、自分の中で眠ってたものが、起きだす・・・って感じ。
10年ごとに大きくいろいろなことが変わった。
22〜3歳から32~3歳は放送作家。
32歳で「セカンドヴァージン症候群」がベストセラーになり、33歳で初めてのエッセイ「抱かれることの予感」がベストセラーに。
32〜3歳から42歳までは小説家、エッセイスト。
42歳で再婚。
結婚してからは、カルチャーやセミナーの先生や講演をこなしながら、2〜3年に一冊くらい実用書を出すくらい。
ゴルフ三昧の毎日だった。
そして、4月3日が来ると52歳。
震災の影響もあって、「ゴルフ」って雰囲気でもなく、またフォークギターで遊び始めたら、昔の「私」が目を覚ましたってことかな?

今、とりあえずLiveに向けて、いろいろ奔走してます。
| 水野麻里のデイリーコラム | 08:02 | - | - |

2011.03.30(水)「タイの発電所」

 なんと、タイの発電所を日本が借りるんだって。
発電機じゃなく、発電所丸ごと。
元々日本製のものらしいけど、タイで電力不足になった時だけ稼働させてたけど、今はほとんど使わなくなっているらしい。
24万世帯分の電力を供給できるって。
船で運んできて、8月には間に合わせるって。
原発の方も、特殊な布で覆って、放射能を拡散させない案とを検討中とか・・・
もう、日本もテンパってるから、必死だ。

ところで、今度このブログをリニューアルすることに。
4月3日の私の誕生日に公開。
思えば、このブログ・・・っていうか、オフィシャルサイトを立ち上げたのが2004年の4月3日。
それ以来7年間、ブログ(コラム)は一日も欠かさず更新されてきた。
もう、生活の一部だ。
毎日これやってるから、キーもめっちゃ早く打てるようになった。
皆に、「続けるコツ」みたいなことをよく聞かれるけど、まぁ、「意気込まないこと」がコツと言えばコツかもしれない。
つれづれなるまま・・・ていうやつ。

でも、それするには、実は書き手の本領というか力量とおいうか、人間性がものすごく大きくかかわってくるから、逆に考えれば、日常の喜怒哀楽を自分なりに整理しておかないとね。
| 水野麻里のデイリーコラム | 09:01 | - | - |

2011.03.29(火)「名言?」

週刊新潮だったか、文春だったかの掲載されていた「ツィッター」での的を得たつぶやき・・・っていうの・・・

「東電、がんばれ。枝野、寝ろ。菅、起きろ。石原、黙れ。 」
うん。確かにかなり的を得てるね。
枝野官房長官は、日に日にやつれていく。
首相は、最初から寝ぼけてる。
都知事は、相変わらずオレオレで、上から目線で暑苦しい。

福島原発・・・これは、いったいどうなってしまうんだか?
ほんとに東電に頑張ってもらうしかない。
計画停電が終わらないことには、東電圏内の経済は立ち行かない。
今週土曜日の沼津でのカルチャー教室も、計画停電の予定なんで、休講になった。

うちから一番近いコンビニでは、毎週土曜日、店の前に八百屋がテント張って野菜を売るんだけど、土曜日行ってみたら、「茨城産」の野菜が、み〜んな30円!?
それでも、ほとんど売れてない。
私は、春菊の胡麻和えが大好きなんだけど、その日はまさに、春菊の胡麻和えが食べたいモードだったのだ。
春菊は出荷停止の野菜には入ってなかったから、良く洗えばま、いっか・・・って、30円の春菊を買った。
それでも、1日中、水につけといてさらに流水で洗ってから食べた。
全然大丈夫と思うんだけど・・・っつーか、どっか疑ってるんだろうな、やっぱり。
これが、赤ちゃんや幼児に関わることだったら、お母さんたちが神経質になるのは当然だ。
水だって、買い占めたくなるだろし、西日本方面の親せきや実家を頼って、子供を疎開させたくもなると思う。

今後、学校が始まったら、どうなるのだろう?
やっぱ、いくら大丈夫って言われても、給食の食材を、他でも手に入るのに、原発の周りの県からはあえて取り寄せないんじゃないかな?
学校側がそんなことしたら、親が黙ってないだろうし。

いや〜、なんとも、すっきりしない展開になってきた。
東電はまさに命がけで対処してることと思うけど。
| 水野麻里のデイリーコラム | 07:24 | - | - |

2011.03.28(月)「うさぎやの今後」

この地震で、観光地はどこも大打撃を受けている。
けさのヤフーのニュースでも、青森にやっと新幹線が来たのに、浅虫温泉とかは、予約が全部取り消しになったって。
全県で3万人の予約取り消しだって。
新幹線開通で特別予算も組んで、お祭りもいっぱい計画されてたらしい。

うちの店・・・湯河原駅前の「うさぎや」も、このままではつぶれてしまうので、今、いろいろと思案中だ。
実は、10年くらい前は、昼はうどん屋 で、夜は居酒屋を私が一人で・・・まぁ、趣味みたいにやってたことがあったのだ。
私は、料理が大好きだから、楽しくやれてたのだけど、なんせ「私自身」にお客がついていたもんで、接客と両方でくたくたになってしまい、半年くらいでやめた。
それでも、いまだに、まだ「もうやらないの?」なんて言ってくる人もいるし、母までもが「あんたは料理がうまいんだで、店でもやらな、もったいないがね」とか言うので、ちょっとその気になっている。

ところで、昨日、うさぎやに、私のブログを読んでいるという方がいらしたらしい。
八王子の相馬さんという方。
ご夫婦でみえたと聞いた。
知り合いではないのだが、こういう状況の時ということを除いても、こういうのって本当に嬉しい。
ありがとうございました。

今年は、桜が遅い。
4月3日の私の誕生日には、大抵散りかけの桜(ソメイヨシノ)が、まだつぼみも固い。
私は、勝手に桜占いっていうのをやっていて、誕生日と満開が重なったときは、その1年はいいことがいっぱいあるってことにしているので、そろそろ開花してくれないと・・・。
| 水野麻里のデイリーコラム | 08:03 | - | - |

2011.03.27(日)「清田っち来る」

清田っちが、私への誕生日プレゼントを持って湯河原に来た。
2月15日が誕生日だった清田っち。
ちょうどそのころは、亡父関係の事務処理で名古屋へ行ったりと大忙しのころで、なかなか会うこともできなかった。
その後、地震・・・
で、まだ地震は落ち着いてもいないんだけど、湯河原でプレゼント交換をしようという話になって、昨日私は清田っちのリクエストの「ひもの」を買いに魚屋へ車を走らせた。 

一応予算は2000円以内、ということになっていた。
ちなみに清田っちの私へのプレゼントは、ギターコードがしっかり押さえられるようにと、指に握力をつけられる・・・なんか変な形のおもちゃみたいなの、と牛が「もぉ〜」って鳴く、目がライトになっているキーホルダー。
清田っちはこれと同じのの「ブタ」だ。

昼ごはんは、真鶴半島の魚市場の二階に食べに行った。
東京から交通費が往復3000円くらいかかるから、「一番高いの奢るよ」って私は言った。
一番高い定食はお刺身とアジフライとワタリガニの味噌汁と金目の煮つけなんかで3150円。
でも清田っちは、二日酔いでそんなに食べられないのか、1800円のアジのたたきとアジフライのでいいって言う。
だから、1350円、私はまた義援金にまわすことにした。

最近、こんな「つもり貯金」ならぬ「つもり義援金」みたいなのをやっている。
元々、買おうと思っていたのに、店で売り切れてて、大阪や名古屋から送ってもらった品物のその金額分を義援金にまわしたりしてた。
その続きみたいなもの。
たまたま奢ってもらったりで、払わなくてよくなった時とか、予定してた出費にならなかった時とかのお金、そして、ポイントとか・・・こういうのって、特別に義援金として捻出したって感じではないから無理なくできる。
なんやかやで総額5万円くらいにはなってる。

・・・今日も海はきれいだ。
今、窓から見える海はキラキラと輝いている。
人間はこの海から生まれて、そして、たくさんのものをもらってきたのに、その恩を忘れてたから、海はそれを思い出させようとあんなことを・・・?
「生かされている自分」は、奢っちゃいけない。
でも、前を向かなきゃ進めない。
あ〜あ・・・人間ってほんとやっかいな生き物だね〜。
| 水野麻里のデイリーコラム | 08:17 | - | - |

20111.03.26(土)「朗報」

朗報です。
探していた私の知人の・・・今度はダンナさんの名前が避難所名簿でみつかった。
カルチャーの生徒、内田さんからの情報だ。
「松山公民館」に「紺野武志」とある。
ダンナは、確か車のディーラーに勤めていたので、震災のあった土曜日は仕事で、家族とは離れ離れだったと思う。
3人の子供たちのうち、まだ名前が見つからないのは、真ん中の男の子と、私の一番探している人「紺野直子」ちゃん。
二人は当日、一緒に家に居たのだろうか?

ところで、菊池さんという方の家に身を寄せている、二人の娘の元へ、あるいは父親の元にそれぞれの安否は届いているのだろうか?
ひょっとして、相互の連絡はできないまま、こうして、まったくの第三者だけが、その安否を遠巻きながら知っているって状況なのでは?
地震のことを考えると「だからどうする?」「何ができる?」って、結局そこに行きついてしまう。

・・・そういえば、ピック。
正確には、親指にはめるサムピックって言うやつ。
親指用だから、サイズがある。
おとといの私のブログを読んだ良哉先輩が、その夜、しぶしぶ、買いに行ってくれた。
先輩からの電話の時は運転中で、たまたま出られなくて、3分後にかけなおしたら、「麻里って指細い?」って聞いてきた。
「めっちゃ細い」って私は答えた。
私は、指とふくらはぎはマジ、細い。
「え〜っ!?」って先輩は言って「4つサイズあるうちの、一番小さいサイズだけ、これはないだろうな・・・って買わなかったのに〜」って、なんか一人で腹立ててたっけ。
それから、店に戻ってくれたみたいだ。
「お前、指も顔に合わせろよ!!」って捨て台詞を残して、電話は切れたのだった(笑)

このところ、私のブログは「地震関係」と「ギター関係」ばかり・・・。
まぁ、いいタイミングでマーチン買ったかもしれないな。
これも、縁だろーか。
マーチンのおかげで、今私の精神状態のバランスは保たれている。

| 水野麻里のデイリーコラム | 07:51 | - | - |

2011.03.25(金)「今日という日は・・・」

 「今日という日は、残りの人生の最初の一日である」
・・・この言葉が好きだ。
誰の言葉か、いつどこで知ったのかも思い出せないけど時々ふと思い出す。
解釈の必要もないほどシンプルな一行だけど、私には、「だからがんばろう」ってこの後が続いているような気がする。

日本の行く末も、私の生活も、3月11日を境に大きく変わった。
でも、私には、その前哨戦があったのだ。
それは、2月2日の父の死だ。
その2週間ほど前からの危篤状態・・・そこに至るまでの2年半という入院生活。
父と母と義母とおばちゃんと、年寄りを四人抱えて、最悪の状況の時には、頻繁に過呼吸やストレス障害になってしまったこともあった。
それでも、前に進むしか道はない。
いろいろな人に助けてもらい、甘えさせてもらいながら、やっと一つ、背負っていった荷物をおろせたと感じたのが、父の死だった。
その父の納骨のために名古屋に行っていた3月11日に地震が起きた。

現実から逃げ出すことができないのなら、立ち向かうしかない。
何に?
もちろん、それは、「自分自身に」だ。
「私」と「被災地の被災者の人たち」との環境も状況も全然違う。
そして人は二言目には「被災地(被災者)のことを考えれば・・・」という。
湯河原は、被災地ではない。
それでも、町はとんでもなく「閉塞感」が漂い、息も絶え絶えだ。
地震の日から、湯河原から観光客が消えた。
いきなり経済が周らなくなった。
駅前の店はシャッターを下ろした。
それは熱海でも、たぶん、伊豆半島でも同じだろう。
復興支援どころじゃない、自分たちの生活が立ち行かなくなっているという状況に追い込まれている。

けど、それでも、まだ、私にはどこかしら気持ちに余裕がある。
だから、今は、その「まだある余裕」を信じて進むしかない。
残りの人生の最初の一日・・・人生、それの積み重ね・・・っつーことだね。
| 水野麻里のデイリーコラム | 08:37 | - | - |

01
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
Sponsored links
New entries
Archives
Categories
Recommend
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM